2004年12月31日

■今年も一年ありがとう

雪だるま

東京はまた雪になりました。街が静かです。せっかくなので、雪だるま作ってみました。目鼻口とボタンはなんと甘納豆。あとで食べられます。(食べない食べない)

今年もたくさんの人にお世話になりながら無事に過ごすことができました。もう少しがんばれよ、と自分を叱咤しつつ、マツケンサンバを見て1年を締めくくりたいと思います。

旅猫雑貨店のお客さま、元我堂のみなさん、イラストレーターのさくらい海老さん、陶芸家の北澤さん、そして私をそっと(イライラしながら?)見守ってくれた友達、家族。本当にありがとうございました。来年もよろしくお引き立てのほど、お願い申し上げます!


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2004年12月30日

■エリマキじゃないよ

ブルーフォックス

だいぶ前に、港区魚藍坂の途中の寺でブルーフォックスが飼われているのを見た。顔は確かにキツネなんだけど、体は長毛種の猫のようだった。そのキツネを見た数日前に、新宿区の落合というところでタヌキを見た。なんでもCMやテレビ番組などで使われるタレント動物とのことで、その事務所の外に紐で繋がれていたのだった。そのタヌキを撫でようとしたら手をガブリと噛まれた。なのでキツネも意志の疎通が難しい動物かも、と思って触るのは止めておいた。

このキツネを見ていて思い出したのだが、以前鬼怒川温泉へ行ったとき、散歩がてら歩いていた山道の途中でマタギ(山で狩猟や、きのこの採集などをして生計を立てている人)に出会った。そのおじさんは、道端の石の上に座って、明るい山吹色のふわふわしたものを左手にぶらさげ、右手にはナイフを持っていた。最初それが何か全く判らなかったが、よく見ると顔が付いている。「それは何ですか?」と尋ねると、「これはな、“テン”だよ。うちのかあちゃんのエリマキにしてやるんだ。」とうれしそうに言っていた。

山吹色のテンは、捕まったその場で皮を剥がれてしまったわけだ。冬枯れの茶色い山の中で、おじさんの手からぶらぶらしている鮮やかな山吹色の毛皮はものすごく生々しく、そういうものをエリマキにするかあちゃんとはどんな人なのかな、ということも少し気になった。

魚藍坂のキツネは、その点しあわせなやつだな。死んだらどうなるかは知らないけれど、どうかな。
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2004年12月29日

■雪だ!

足跡

イエイ!
東京駅前にて新雪踏みしめるの図。(がに股なり。)
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2004年12月26日

■あったかい光

電飾

寒さに弱いので冬の夜はとっても切ない。けれど街の光でその切なさがだいぶん和らいでいると思うのです。クリスマスだけじゃなく、ずっと続けていただけないでしょうか。
(阿佐ヶ谷駅前にて。)
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2004年12月25日

■年末はなぜ忙しいか

クリスマス装飾

近年、普通の家やマンションのベランダでも、クリスマスのライティングに凝った家をたくさん見かけるが、クリスマスが終わった途端に正月仕様に変更すべく、いそいそと飾りを取ってしまう。これって日本は正月にいろいろ飾らなきゃならないもんがあるからだと思うのだが、アメリカでは各家庭のクリスマスツリーをはじめ、お店のディスプレイ、街の街灯などにつけているクリスマス装飾も、1月の下旬頃までそのまんま飾りっぱなしなのであった。アメリカ人の友人に、どうしてずっと飾っているのか?と尋ねると、「だってせっかく飾ったんだし、もったいないじゃない。それに片付けるのもめんどうだし。」なんてことを言っていた。ふーん、そんなもんかなぁ、楽でいいなぁ、と思ったけれど、日本人はそういうの、許さない国民だ。ひな人形だって片付けが遅れると「ヨメに行けない」なんて脅すし。まあ確かに鏡餅飾っておせちを食べている横で、サンタが踊っているのは異様だ。おかしい。日本のクリスマスと元旦はどうしても相容れない。だから日本の年末はとても忙しくなっちゃっているのかもしれない。

クリスマスって本当は違和感のかたまりなのだが、やっぱり鶏のもも肉とケーキにシャンパン、必ず買って来ちゃうのである。せめてツリーは日本オリジナルの竹と松製、なんてあってもいいはずだと思う。飾り続けてそのまま元旦に突入できるやつ。作ったら売れるかな?七夕と間違えられたりして。とにかく、メリークリスマス!
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2004年12月24日

■お宝発掘

洋酒天国1

先日、元我堂店主やすさん、月曜店長のケイスケと私の3人で、元我堂の新しい棚づくりと設置をした。今まで本の入った段ボールに布で目隠しをして、その上に雑誌などを平積みしていたのだが、それを白いカラーボックスに置き換えた。店内が非常にすっきりとして良くなったのだが、今まで棚がわりにしていた本入りの段ボールが15、6箱、山のようになってバックヤードのスペースを占領することとなってしまった。

箱の中身はマンガあり、美術書あり、文庫ありの玉石混合で、いきなり植草甚一の本なんかが出てきたりして3人で驚嘆した。年末の大掃除に向けて、この段ボールの山をなんとか片づけるのが課題だ。

で、私が店番の時に箱の1つをガサゴソと覗いていたら、古い『洋酒天国※』が出てきた。開口健が編集長時代の昭和33年〜35年にかけての号で、途中でかなり欠けている号があるが、20冊ばかりある。“お宝眠る元我堂”なのだ。価格は状態によって、1200円〜1800円。古い号の表紙は柳原良平のイラストではなくて人物写真が多く、E.H.エリック、フランキー堺、ジェリー伊藤などの面々が。グラビア写真も時代感はあるものの美しく、殿方にはたまらないかと思われます。

洋酒天国2

※1956年4月、サントリーの前身「寿屋」から刊行されたPR誌。当時はトリスウイスキーのブームのさなか、宣伝色をあまり出さない酒脱な内容で、多くのウイスキーファンに愛読され、洋酒文化の大衆化に大きな力となった。
編集刊行には、開高健、山口瞳、柳原良平らがあたっていた。創刊当初は2万部ぐらいの発行部数だったが、最盛期には20万部近くまで伸びたといわれている。現在発行されている『サントリークォータリー』はその流れを引き継いだもの。
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2004年12月23日

■井戸水飲んでみました

井戸おじさん

いつも通っている杉並区の妙正寺川沿いの道で、1年以上気づかずにいた井戸ポンプがある。通るたびに観察していたら、どうもこの井戸はそばにある八百屋さんの持ち物で、店に出す野菜や、発泡スチロールの箱を洗ったりするのに井戸水を使っているようだ、ということがわかった。

今日、手押しポンプの写真を撮ろうとそこへ行くと、タイミングよく八百屋のおじさんがやってきたので、「井戸の写真、撮らせてください。」と言うと、「珍しいかい?じゃあ、おいさんが水を出してあげよう。」と、ポンプを押してくれたのだ。それから、「水、飲んでみな。大丈夫だよ、この水で魚が飼えるんだから。」と言う。どれどれ、と手ですくって一口飲んでみると、意外にもぬるい水だったので、「あ、冷たいかと思った!」「井戸水っていうのはね、夏でも冬でも15度ぐらいなんだ。」と教えてくれた。そしてこの井戸水は、地下7メートル位のところから始まる粘土層の下、第2層から汲み上げている井戸水だから今でもきれいなんだ、ということだった。今現在、都内に残る井戸は第1層の浅い地下水を汲み上げているところがほとんどなので、鉄分が多くてとても飲めたものではなく、都の保健所でも飲用は禁止している。近所に、この八百屋の井戸水を汲んでいって魚を飼っている人がいるそうで、魚が死なないのがいい水の証拠なのだ、もし魚が死ぬようなことがあったらすぐ教えろと言ってある、という。おいおい、おじさん、私に飲ませておいて。

しかし「魚の住める水を飲め」と昔の人は言ったそうだ。おじさんの言うことは正しいのかもしれない。このほか、おじさんの子供の頃の杉並区の様子も話してくれた。つい30年位前まではこの辺りは一面の田んぼだったこと。西武新宿線の鷺宮駅から、妙正寺公園が見えたこと。(今は全く想像できないほど密集した住宅街。)現在の地名になっている天沼(あまぬま)は、葦の茂った大きな沼で、その土手でよく遊んだこと。釣りをしたこと。ずいぶんいろいろなことを教えてもらった。おじさんは杉並の生き字引に決定。またお話聞かせてくださいな。
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2004年12月22日

■年内最後の談志

談志百席
▲談志百席/第1期 買うかァー。

毎年恒例、年内最後の談志、リビング名人会で有楽町よみうりホールへ。6時半開演のところ、ヤマト運輸の集荷が遅くなってしまって30分遅れで会場へ。いつも枕が30分ぐらいあるのでホールに入る前に軽く食事も済ませてしまう。仲入りになってから席につこうと思っていたら、どうやら最初はタキシード姿(頭にはバンダナ)で漫談だったらしく、ちょうど着替えで5分ほど楽屋に戻るところだった。

席につき、袴に着替えた談志が出てくる。なんか調子はよさそう。枕もほどほどに『粗忽長屋』に入る。「死んでるのは確かに俺だけど、俺を抱いている俺は誰だろう」という下げはシュールで好きだ。粗忽長屋は密かに深いのである。仲入り後、『芝濱』。よみうりホールでは3年連続の演目。これを聞いて年末を迎えるのはうれしい。私はCDでいい時の芝濱をくりかえし聞いているので、今日の出来は70点ぐらいかなと思ったが、初めて聞いた友人はすごくよかったと言った。喉の調子か、語尾がかすれて消えがちになるのが気になった。けれど、他の落語家の芝濱を聞くと、やっぱり談志にはかなわないと思う。

会がはねたあと、友人と銀座4丁目「一平」でおでん。そのあとさらに阿佐ヶ谷へ行き、元我堂火曜店長・石ころの家での忘年会に合流。月曜店長・ケイスケ、木曜店長・海ねこさん、Mongoさんたちと深夜まで楽しく話す。ケイスケ、私の失敗談を酒のツマミにするのはやめましょう。
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2004年12月17日

■自由日記あります

自由日記

巣鴨の寂れた文房具店で、デッドストックとなっていた1970年代の日記帳(日付表示のない“自由日記”)を10冊ほど仕入れてきた。小学生の頃、こんな日記帳が売られていたな、と懐かしく思いながら、今見るとなんだか非常にオモシロイ。日記のページはなんということもないノートなのだが、その前後に付録的なページがついており、これが実に70年代の味わいなのだ。

「花言葉」「詩」「エチケット集」「私の十大ニュース」「おともだちのたんじょうび」「ティー・パーティーの開きかた」「コーヒーのたのしみ」「星占いと12星座の人々」「金言名句集」「おしゃれのヒント」………

などなど。あっ、これは“ほぼ日手帳”の源流ではないのか?などと思えてくる。圧巻は365日すべての日の占いが載っているものがあり、例えば5月26日生まれの人は、「あなたは健康的でピチピチとした印象の人です。芸術方面の仕事をするとよい結果が出ます。同時に2人の人を愛してしまうことがあります。」と言い切っている。“エチケット集”では、「街で好きな人を見かけた時は、「正夫さん!」とさわやかに声をかけなければいけません。黙って近づいていって、ポンと肩をたたくなんていうのは最低。」だそうです。30年前の中高校生をターゲットにしたこれらの日記帳は、再びその年代の娘さんたちの手に取られるのかもしれません。(元我堂にて販売中。)
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2004年12月15日

■巣鴨で遊ぶ

先月の都電写真展でも一緒に出展した友人の溜田さんを誘って巣鴨酵素風呂へ行った。巣鴨といえば「おばあちゃんの原宿」などと呼ばれて久しいが、老人に特化した商店街は若い人にとってはテーマパークのようで、非常に楽しい街である。私は本駒込で生まれ育ったので、隣町の巣鴨はほとんど地元感覚なのだが、酵素風呂を知ったのはつい4,5年前のことだ。砂風呂ならぬオガクズに埋まる風呂については、溜田さんの日記を参照されたい。>> こちら

酵素風呂のあと、マルジという洋品店で「湯上がり足袋」を探す。以前にここで購入して、銭湯や温泉でお風呂上がりに履く靴下として愛用していた足袋型ソックスなのだが、店員に聞いたらもうあの商品は止めてしまったと言われがっかりする。ほどよく目が粗く、5本指よりも履くのが楽でとても気に入っていたのに。

ここマルジは5本指ソックス、足袋型ソックスの品揃えは密かに東京一ではないかと思っていて、ソックスの棚の前で30分ぐらいはあれだこれだと迷ってしまう。結局暖かそうなハイソックスを4足と、金魚柄の絹の足袋ソックス、スヌーピーのアップリケのついたストライプの足袋ソックスなど購入。

そのあと、おばあさんが店の奥で手作りしている甘納豆の店で土産を買ったり、寂れた文房具店をのぞいたりしてコーフン気味に商店街をうろつき、辺りが暗くなりはじめてからあまりにも空腹であることにようやく気がついて、庚申塚そばのファイト餃子へ。

ここは有名なホワイト餃子の技術連携店で、作り方も味もほぼホワイト餃子と同じ。鍋にびっしりと並べた餃子を揚げるように焼いて、外はパリパリ、中はジューシーな独特の焼き餃子である。1人10個が基本だが、見た目よりしつこくなくペロリと食べられてしまう。この日は溜田さんと焼き餃子25個、ラーメン1つを2人で分けて食べた。

ファイト餃子
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