2005年12月18日

■自分を疑う

私はよく、自分という人間は信用ならない、と思うことがありまして。昨日は自分の目の“節穴”加減にびっくり。そして怖くなった。信じちゃいけません。だめだめ。常に自分を疑おう。

先月、ある古書即売展で古山高麗雄の「片乞い紀行」という本を買って読み始めた。この本のあとがきに、

「昭和四十七年の暮に、私はヨーロッパ旅行をする機会に恵まれた。そのときの旅行記を「風景のない旅」という題で萬玉さんに編集してもらったので、今度も萬玉さんにお願いした。この「片乞い紀行」は、国内の旅行記だが、「風景のない旅」の姉妹編のようなものである。」

と書かれていた。(ふぅん、「風景のない旅」かぁ。いつか古本で見つかるかな)と心の片隅で思ったことである。その「風景のない旅」を、昨日、阿佐ヶ谷の新古書店で見つけた。手に取ってみて、(やったー!)と思うのもつかの間、見覚えのある装丁なのである。これは、どこかで、よく見ているような。

………なんだ、元我堂にあるじゃん!しかもこの1年半、ずっと目にしてたよ!手にも取ったよ!なんで気づかないの!……タイトルも著者名も見ているのに、記憶に刻まれていないだった。見ているつもりで全然見ていないのね。知らず知らず目が節穴になって、ものを見るとき心が開いていない。これはただ注意力散漫なだけ?それとも老化現象でしょうか?少なからずショックを受けた。ああ、信用ならないのう。
posted by 店主かねこ at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | □路地裏縁側日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
見たもの、聞いたものが全部情報として入ってきたらそれはそれは大変でしょうから、見たいもの聞きたいものを無意識に選択しているわけですね。

私も自分の脳が信用できないこと多し。
Posted by Mongo at 2005年12月20日 08:52
なるほど、“レインマン”になっちゃうんですね。

よその店では目に入ってくるのに、
いつもいる元我堂では見えてないっていうのが
なんとも悔しい。
思い込みって怖いです。
Posted by か猫 at 2005年12月21日 03:08
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