2005年01月13日

■耳掃除の話

耳掃除が好きなので、常に手に届くところに耳掻きが置いてあり、気がついた時にすぐカリカリとやっている。しょっちゅう耳掃除をしているので、毎回ほんの少ししか耳垢は出ないのだが、耳の中を掻くだけでも満足する。

けれど子供の頃は耳掃除がとても嫌いだった。自分ではうまくできないので母にやってもらうのだが、母の耳掃除はピンセットを使った。ときどき思い出したように耳の穴を覗き込んで、「あらら!耳あか見えた!」と言われるのがとても怖かったし、実際、母の耳掃除は痛かった。

小学校の低学年ぐらいまでは無理矢理に耳掃除をされていたのだが、高学年になると次第に拒否することが多くなった。耳掃除をする、しないで母とケンカもしたように思う。自分で耳掃除するようになったのなら何も問題はなかったのだが、我ながら異様に頑固な子供であり、母がやろうと自分がやろうと、とにかくもう耳掃除をするのは絶対に嫌だ!耳掃除反対!断固拒否!と決めてしまった。

果たして何ヶ月ぐらい耳掃除をしなかったのか覚えていない。もしかしたら1年ぐらいしなかったのかもしれない。その結果何が起きたかと言うと、耳垢で耳の穴が完全に塞がってしまったのだ。(なんたる頑固バカ!)

ある日、耳がものすごく痛くなり、それを母に告げると母は懐中電灯で耳の中を覗き込んだ。「あららら!」と言って例のピンセットを持ってきたので、あとは意地でも耳の中を見せなかった。困った母は私を耳鼻科の医院に連れていき、先生に事情を説明した。しかしそこでも頑固バカ娘(私ですが)は先生にさえ耳の中を見せることを拒絶したのである。

結局、耳を覗かせることも、器具を入れることもさせず、透明な液体の入った小さなボトルを1本もらって帰ってきた。一日に2回、その薬液を耳の中に注入して、詰まった耳垢を溶かし出すという作戦だった。薬液は自分で耳の穴に入れた。耳の中で、きゅるきゅるというおかしな音がした。あまりにも耳が痛くて、母に見つからないようベランダに出てこっそり泣いた。今は本当に笑えるけど。

薬液による溶解作戦開始から数日後、耳の穴から流れ出る暖かい薬液と一緒に、薄茶色の丸いものがコロリと出てきた。「はじめまして」と挨拶したくなるような立派な耳垢の塊で、てのひらに乗せてしばらく眺めていた。少しだけ、記念に取っておこうかなとも思ったが、耳の痛みを思い出してティッシュに包んで捨てた。

レイモンド・カーヴァーの短編小説「注意深く」(THE COMPLETE WORKS OF RAYMOND CARVER 3『大聖堂』所収/中央公論社/村上春樹訳)は、耳垢が詰まって耳が聞こえなくなる男が主人公である。

「その日の朝起きると、彼の耳に耳垢が詰まっていた。音がすっきりと聞こえなかったし、そのせいでバランスの感覚もなんだか変で、平衡感覚が失われてしまったようにも感じられた。妻が来る前の一時間ばかり、彼はソファーに横になって、いらいらしながら耳をいじくって、ときどき拳で頭を強く殴りつけていた。何回か耳の下の軟骨の部分をマッサージしてみた。あるいは耳たぶをぎゅっと引っぱってみたりもした。それから小指で耳の穴を激しくほじくり、口を開けてあくびの真似事をしてみた。とにかく思いつくかぎりのことは全部試してみたし、これ以上は何をしていいかわからないというところまで近づいていた。」

男の家には耳掃除のための綿棒もなく、訪ねてきた別居中の妻が、暖めたベビーオイルを耳に入れて耳垢を柔らかくして取ってくれるのだ。この男の気持ちは、誰よりもよくわかると言っておこう。(アメリカには日本のような「耳掻き棒」というものがない。耳垢はもっぱら綿棒で掃除するそうで、アメリカ人の知人が日本の土産で最も喜んだのは耳掻き棒だった。)

とにかく、今は耳掃除が大好きだ。耳の穴を誰に覗かれても恥ずかしくないが、やはり自分以外の人に耳掃除してもらいたいとは思わない。
posted by 店主かねこ at 03:35| Comment(2) | TrackBack(0) | □路地裏縁側日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
すいません、かなり笑ってしまいました。

そういえばインドへ行った時。
公園にいた耳掃除屋さんに掃除してもらいました。
どんなことされるのか試したかったんです。

メガネかけてひげはやした学者風の人。
なにやら薬品らしきものと綿棒などを使い、
神妙な顔で掃除してました。
痛くはなかったですが、ほんとにきれいになったのかどうかは不明です。
Posted by Mongo at 2005年01月16日 20:14
いえいえ、笑ってくれないと困ります。
誠にバカバカしいお話で。

しかし本当に穴が塞がるまで耳垢がたまると、
耳掻きが効かないばかりか、ものすごく痛いんですよ。
耳掻きをそーっと入れると「コツコツ」って音がするんです。
すごいでしょう?(笑)

耳掃除屋さん、私もやってみたいです。
される方じゃなくて、する方。
どん底まで落ちた者のみが知るやさしさで。
Posted by か猫 at 2005年01月17日 00:21
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