
小津安二郎監督の映画「東京暮色」の中で、父親(笠智衆)とその次女が住む家は「雑司が谷の奥の方」にあるという台詞が出てくる。帰宅シーンでその家の前の坂道がひんぱんに映るのだが、よくよく見れば、その坂下の突き当たりに見える瓦屋根の民家は、我がデジタル師匠のご両親が住む家なのだった(その向かいがデジタル師匠の家)。
その坂下の家屋は大正築で、雑司が谷周辺は戦争時にもほとんど焼けなかった(焼夷弾は落ちて来たが、みんなで消し止めたそう)ため、「東京暮色」が撮影された当時も、現在もそのままの姿で残っている。この情報は近く改訂する雑司が谷界隈地図に書き加えなければ。
坂を下って弦巻通りに出て店へ戻る途中、脇道で猫を見かけた(前日のメタボリック猫です)。写真を撮るために近づいていくと、「いやよ」という感じで角を曲がって見えなくなったので、しつこく後をつけていく。すると路地の奥でこんなものを発見。

昔の側溝が残されていた。おそらく私道のため、蓋をする工事がされなかったのだろう。たまにぶらぶらすると雑司が谷はやっぱり面白い。
そういえば四谷に近い新宿区若葉の路地でも、むき出しの側溝が残っているのを見たことがあった。古い画像データをハードディスクから探し出すと、2001年に撮影した写真だ。


この路地はまだ残っているだろうか?
ところで映画「東京暮色」だ。見終わってから非常にモヤモヤするのだ。はすっぱな次女・明子(有馬稲子)が惚れた相手があまりにも腹立たしい男であるのと、明子がそんな男に振られたあまり、事故に合って死んでしまうというのがどうも腑に落ちない。喪服を来た長女(原節子)がわざわざ家庭を捨てた母親(山田五十鈴)に憎まれ口をたたきに行くのもどうかと思う。重たいテーマの割にBGMが常に陽気なのも違和感がある。雑司が谷ご当地映画として保存しているが、繰り返し見るうちにいつかこのモヤモヤが晴れる日が来るのだろうか。


モヤモヤは晴れないのでは。小津ファンの間
でも非常に評判の悪い一本です(たまに、あ
の暗さが好きだという人もいますが。一般に
も人気がなく、キネ旬ベスト10でもその頃の
小津映画中、最低の順位だったと思います)。
明子は、当初、岸恵子のキャスティングだっ
たと何かで読んだことがあります。
まさか駅伝とは!
NEGIさんの行動力と知識の豊かさにはいつも頭が下がります。
モヤモヤ、晴れませんか。やっぱり……。
モヤモヤ坂、はいい命名。使わせてもらいます。ネギさんの言うとおり、「東京暮色」は岸恵子をあてこんで書いたシナリオです。
あっ、石立鉄男ネタですが、TVドラマ「水洩れ甲介」のロケ地も雑司が谷です。甲介の水道屋があった場所は、”都電唯一の陸橋”の横。(今は道路拡張のため取り壊されてしまっています。)
自分のブログアクセス解析から来ましたよ。
文章、写真共に魅力が有りますねぇ。
小津安二郎監督は、後年に、まさかこのようなブログで下々が語るとは思いもよらなかったでしょうね。
むむむ、私もカメラ(というかレンズ)を変えたくなった。
(腕じゃなくてカメラがいい、なんていう意味じゃないですよ、決して。笑)
映画の中で、この坂もやっぱり小津監督独特のローアングルで撮影しているみたいなんですが、屋根の見え方が、昔の方がもっと下まで見えてるんですよ。
突き当たりの横道の勾配が変わったんだろうか、と思っているのですが、昭和30年以降、坂の傾斜をゆるやかにする工事などあったのでしょうか?