2005年03月01日

■読了

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『さいはての島へ ゲド戦記III』
ル=グウィン作 清水真砂子訳

「鍛錬こそは、わしら人間のすることが深く、力強く運ばれるための水路のようなもので、方向のないところでは、人間のすることは、どうしても上っ面をかすめ、道を踏み迷い、何も生みださずに、むなしく終わってしまうからだ。」
【ゲド語録】
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2005年02月18日

■読了

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『こわれた腕環 ゲド戦記II』
ル=グウィン作 清水真砂子訳

「彼女が今知り始めていたのは、自由の重さであった。自由は、それをになおうとする者にとって、実に重い荷物である。勝手のわからない大きな荷物である。それは、決して、気楽なものではない。自由は与えられるものではなくて、選択すべきものであり、しかもその選択は、かならずしも容易なものではないのだ。坂道をのぼった先に光りがあることはわかっていても、重い荷を負った旅人は、ついにその坂道をのぼりきれずに終わるかもしれない。」

児童文学のこんな言葉に思わず背筋を伸ばします。こういう一文を子供の頃に読んだらどう思ったでしょう。これを読んでふと、“織司”田島隆夫の余技について書かれた白洲正子の言葉を思い出したり。

「この頃のように繁雑な世の中になると、暇をつくるというのは強い意志を要することで、充実した仕事をするよりも、いいかげんな所で忙しがっている方が、はるかに楽だし、世間の受けもよい。そういう風潮に背を向けて、黙々と自分の世界を守っているのは、どんなに忍耐のいることか。彼が絵筆に親しんでいるのは、半分は気分転換のためにしても、孤独に堪えているのではないかと私は思う。」(白洲正子・田島隆夫『白洲正子への手紙』文化出版局より)

ゲド戦記と白洲正子。どちらも怠けた自分の胸につきささる言葉なのでした。
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2005年02月14日

■読了

『古本生活読本』岡崎武志(ちくま文庫)

内容はもちろん面白いのだが、角田光代さんの解説。

「読んでいてつくづく思うのは、岡崎さんはどこかおかしいということだ。ご自分でも本書の中で「ビョーキだ」と言っている。本当にそうだと思う。だって、毎日毎日、いい年をした大人が、古本屋を訪ねずにはいられないのだ。」

いいなぁ(笑)面白い。

岡崎さんの著書『古本でお散歩』にも書かれていたが、「本棚との対話」という言葉、たくさんの古本屋を見れば見るほど実感する。店主が手間暇かけて作り上げた作品を読むように、本棚を見ていくこと。今回の『古本生活読本』で心に刻んだ岡崎さんの名言。

「本は、たくさんの視線で指紋をつけられることで熟成する。」
 
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2005年02月08日

■読了

「玩具」津村節子

吉村昭の妻。夫婦揃って多作。装幀がいいなと思っていたら、藤城清治。
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2005年02月04日

■読了

「くらやみの谷の小人たち」いぬいとみこ

続編は「くるみ谷の小人たち」らしい。古書価1500円?
  
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2005年01月27日

■読了

「木かげの家の小人たち」いぬいとみこ
  
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